園だより H28.12月号

もう10年以上前の話になりますが、私が保育士として0歳児の担任をしていた頃、あるお子さんのお婆様が遠方よりお孫さんの顔を見に遊びに来ていて、保育園にもお迎えにお越し下さった時のことです。クラスは18人の0歳児をお預かりしていて、人見知りが半数以上。普段来られない保護者の方や担任以外が同じ部屋に入ってきただけでも部屋中が泣き声の大合唱になる状態でした。普通はその泣き声や表情に驚き、自分のお子さまを引き取り早々と帰られるのが通常でした。
今でもはっきりと記憶に残っています。そのお婆様が部屋に入ってきたときは、同じように子どもたちは大泣きで、不審なまなざしを真っすぐにお婆様に向けていました。しかし、そのことに全く我関せずといった態度で近くにいた泣いている子をご自分の膝の上に乗せられ、別のことを話したり、近くの子に声を掛けたりと、とにかく保育士の私たちが驚くほど子どもの反応を気にせずに普通にしてらっしゃったのです。不思議なことにその後に、あれほど泣いていた子たちが泣き止みクラスが落ち着いていったのです。言い忘れましたが、その方は保育の経験のある方ではありません。全くの他業種の方でした。
その頃、私もある程度は保育士として経験を積み少し自信をもって仕事ができていた頃でした。思い切りほっぺたを叩かれた気分でした。日々、子どもの心身の成長を第一に考え、先輩や研修で教えてもらったことや、これまでの経験から保育士としてプライドを持ってやらなくてはと志していた自分がいましたが、そんなものだけでは駄目なんだ、そこだけに子育てや保育の答えは無いんだと思い知った瞬間でした。
その方は何の意識も考えも無かったと思います。おっしゃってはいませんが『怖いの? でも、わたしは大丈夫よ。』と無意識に伝えていたのです。泣いてしまうのは子どもの警戒心を鏡のように大人も自然に、出してしまってたからではないでしょうか。気持ちを受け止める、子どもの目線に立つ、気持ちに寄り添う、私たちが日々、心掛けていることを担任でも保育士でもない、初対面のお婆様がその全てを一瞬でやってのけたのです。
今、園長として何人もの保育に携わる職員に少しでも成長してほしいと、日々、指導や研修をしており、その中でいつも話していることは『保育に正解はない、自分の想いと経験が正解に近づけてくれる』です。この言葉は、このお婆様との出会いから生まれていると思います。
保育士として、今もゴールには向かっていますがたどり着くことはないと思います。そのお婆様との出会いのように、いろいろな人との出会いが人を成長させるのですね。